栃木県足利市の足利総鎮守 八雲神社の復興再建委員会です。

八雲神社の社史

 

主な出来事

869年(貞観11年)
清和天皇が東国第一祈願所として創建する。
京都の八坂神社、愛知の津島神社の三神社に勅願所と定め、疫病退散、国家安泰を祈らせた。主祭神は須佐之男命(厄除・八方除)
939年(天慶2年)
承平天慶の乱
「平将門の乱」下野の押領使藤原秀郷が将門討伐のため、八雲神社に戦勝祈願し、将門を討ち取る。
1019年(寛仁2年)
足利厨子天神(学問の神様 菅原道真公を祀る)
藤原姓足利二代家綱が後一条天皇の許しを得て、菅原道真公の霊をこの東国の地に初めて分祀される。

寛仁2年11月25日に勅使として中御門大納言が下向し、治承3年(1179年)まで、毎年例幣使が参内された。

足利厨子天神は東京の湯島天神の本宮であり、足利から湯島に御分霊が届けられた。
1051年(永承6年)
1083年(永保3年)
平安時代後期の前九年の役(1051年)、後三年の役(1083年)に源頼義・源義家が八雲神社に戦勝を祈願する。
1084年(応徳元年)
足利氏の祖、源義国が足利郡・梁田郡六十六郷(百六十三神社)の総鎮守と定める。足利荘に下向の際に当神社に御太刀を寄進する。
1695年(元禄8年)
牛頭天王神鏡 社殿改築のおり、地中より大量に奈良・平安時代の古銭が出土する。時の領主 本庄因旛守藤原宗資は吉祥と喜び、古銭から五つの神鏡を鋳造させる。
伊勢大神宮・鹿島大神宮・京都若宮八幡宮・江戸護国寺に奉献し、残る一つが東国第一祈願所の八雲神社に伝わり、日本五鏡と称されている。
1877年(明治10年)
渡良瀬川が頻繁に氾濫するため、現在地に移転。